【ハカシア共和国の首都】シベリア・アバカン旅行(新婚旅行?)で心と体をリセットした話【その1】

ピイスケ
ピイスケ

こんにちは。ピイスケです


突然ですが皆さん。「アバカン」を知っていますか?

皆さん
皆さん

知らなーい

という方がほとんどだと思います。

皆さん
皆さん

知ってるよ!

という方も、「銃」の方をイメージするのではないでしょうか。

アバカン(AN-94) Mike1979 Russia wikipediaより

今回の話は、当然銃の話ではなく、私の妻の故郷、シベリア ハカシア共和国の首都のアバカンに旅行に行った時の話です。

ロシア連邦,東シベリア,クラスノヤルスク地方ハカシア共和国の首都。人口15万8200(1992)。アバカン川(エニセイ川の支流)のほとりにあり,南シベリア鉄道の起点。1925年までウスチ・アバカンスコエUst’‐Abakanskoe,31年までハカスクKhakassk,以後現名に改称。

1870年代に河港として開かれ,スターリン時代に矯正労働収容所が設けられ,多くの政治囚,一般囚が送り込まれ,木材伐採に使役された。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版より


アバカンは冬はマイナス40℃にもなる過酷な地で、シベリア抑留が行われていた地でもあります。

私が妻から初めて故郷の話を聞いた時には

ピイスケ
ピイスケ

そんな過酷な地に、人が住めるの?

失礼ながら正直そんな風に思いました。


しかし、日本人からしたら、これが一般的な認識ではないでしょうか。

シベリア=地獄のように寒い、監獄のような場所。
そう思っている人がほとんどなのではないでしょうか。

シベリア、アバカンで育ち、その地を愛している妻やその家族は

妻

昔は厳しかったかもしれないけど…今は食べ物も、インフラも整っていて、綺麗な自然もある、いい場所だよ。

と言います。

そんなわけで今回の記事では、ありのままのシベリアについて、前知識なしの人間(私)がどのように感じたかを書き、シベリアという地についての新しい見方を提供したいと思います。

旅行に行ったのはもう5年以上前のことなので現在と多少状況は異なっているかもしれませんが、大体の現在のシベリアのイメージはつかめるでしょう。

それでは、どうぞ。

アバカンへ行こう!

ずっと気になっていた妻の実家、アバカンへの旅行。
あまりに遠いことから、なかなか行けるチャンスをつかめずにいたのですが、転職のタイミングで秋口(10月頃)に2週間ほど時間が取れたのがきっかけでついに行けることになりました。 

中国以外の初めての海外…正直、楽しみで仕方ありません。果たして、どんな旅になるのでしょうか。

とはいえ、前職がものすごい激務だったこともあり、準備という準備は何もしていません。

2.3日分の服、お金とカードとパスポート。それをトランクに詰めて、ミステリーツアーに飛び乗ったようなものです。

妻

あっちに行ってからの予定はこっちで手配しとくから心配しないで。

と言う妻。信じましょう、その言葉。

アバカンへは
成田→ハバロフスク→クラスノヤルスク→アバカン
というルートで向かいました。

出発

成田空港にて。完全に浮かれている私。


やっぱり空港は良いなぁ…

私は空港が好きです。たくさんの人々が希望をもって行動しているからです。

これから初めてロシアに向かうかと思うと、ただの吉野家も特別な吉野家に見えてきます。

しばらくお別れか…

離陸する際の加速。あの緊張感がたまらない。

ハバロフスクに到着

初めてのロシアはハバロフスクでした。到着したのは夜。

ドラクエのラスボス手前の町のような雰囲気だったのを覚えています。

いやしかし…

寒い!!


10月だったので、既にまぁまぁな寒さになっていました。

そして…

言葉が1%もわからん!!!

中国では漢字がなんとなく理解できることからうっすらとした安心感がありましたが…

ロシアではその安心感が一切ありません。


言葉が一切わからないって…こんなに恐怖なの?
キリル文字って、こんなに意味不明なの?

自分が大好きなロシア語、チュリパーンもこの時見たら恐怖でしかなかったと思います。

★ポイント★
本当に準備無し(ロシア語が分からない状況)でロシアに行ったら…ロシア人の仲間がいなければゲームオーバーの可能性大。

帰ったら絶対ロシア語勉強しよう。

そう誓ったのを覚えています(してない)

そんな私にできることと言えば、めちゃくちゃ頼もしい妻に金魚のフンのようについていくことだけ


もし妻に置いてけぼりにされたら…そう思うだけで恐怖のあまり逆に興奮します。テストが死ぬほど出来ない時におしっこが出そうになる…あの感じですね。

国内線へ乗り換え

ハバロフスクでは国際線のターミナルから国内線のターミナルへ乗り換える必要があります。

空港を出て外で待っているといかつい男性が声をかけてきました。

ピイスケ
ピイスケ

早速ゲームオーバーか?

と思いましたが違いました、妻の友達の父親でした。

いかつい男性
いかつい男性

Привет!(ハロー!)

そして、言われるがままに彼の車に乗り、国内線のターミナルへ…

5分もかからない。直ぐ近くでした。

ハバロフスクに私たちが立ち寄ることを知り、このためにわざわざ空港まで来てくれたのです。

ピイスケ
ピイスケ

本当にありがとうございました。


国内線のターミナルで少し休んだのち、搭乗ゲートへ…

クラスノヤルスクへ

次はクラスノヤルスクへ向かいます。


この機内で、ロシア名物とも言えるアル中に初めて会いました。
というか隣の席でした。

ひとしきりくだを巻いた後、じーっと私を見てくるアル中。

アル中男性
アル中男性

・・・。


始めは無視していましたが、圧に耐え切れず目を合わせようとすると…

妻

見るな!

とのこと。
怪異か何かかよ。

落ち着かないままのフライトを耐え、飛行機はクラスノヤルスクへ飛んでいきます。

クラスノヤルスク到着

クラスノヤルスクでは、既に妻の家族が迎えに来ていました。

中国で既に両親に会っていたので、もはや味方。顔を見た際の安心たるや。

1日目は到着した時間が中途半端なこともあり、クラスノヤルスクのホテルに宿泊します。

ベッド最高。

↓続き


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